カスタマーサクセスは、事業を通じて顧客を成功へと導くことが目的です。そのためには、顧客の成功を定義したうえでKPIに落とし込むことが重要です。
ただし、カスタマーサクセスには独自のKPIが存在します。まずは、カスタマーサクセスでよく利用されるKPIの基礎知識について理解しましょう。適切なKPIの設定は、本質的なカスタマーサクセスの実践へとつながり、結果として自社のMRR(月次経常収益)にも貢献します。
本記事では、カスタマーサクセスの代表的なKPIや適切な設定方法をご紹介します。カスタマーサクセス部門を立ち上げたばかりの方でも理解できるよう、具体例を用いて解説していますので、ぜひ参考にしてください。
カスタマーサクセスを実践するうえで重要なKPIは次の10点です。
ここでは、それぞれのKPIの概要やカスタマーサクセスにおける役割をご紹介します。
解約率(チャーンレート)とは、一定期間中に、顧客がサービスを解約した割合です。
解約率が低いほど顧客が継続的にサービスを利用している証拠であり、安定した収益へとつながります。顧客による継続的な利用は、サービス内容や顧客応対に満足している可能性が高いと推測できるため、解約率はカスタマーサクセスの成否を客観的に表す指標だといえます。
解約率には、顧客数における解約割合を示す「カスタマーチャーンレート」と、売上額における解約割合を示す「レベニューチャーンレート」の2種類があります。それぞれの計算式は次の通りです。
解約率の詳細を知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
維持率は、リテンションレートとも呼ばれ、顧客がサービスを継続する割合を表します。前述の解約率が低いほど維持率は高まるため、両者は表裏一体の関係にあります。
維持率の計算式は次のように、2通りあります。
また、顧客の継続割合を売上継続率(NRR)で表すケースもあります。
売上継続率とは、前年と比較して既存顧客の売上高を維持できているかを示す指標です。1か月単位の売上継続率を計算するには、次のような式を用います。
リピーターからの売上が重要な収益源となるSaaS型ビジネスにおいては、売上継続率が100%を超えていれば、継続的な売上が見込める状態であると判断できます。
カスタマーサクセスにおけるオンボーディングとは、サービスの導入初期段階の顧客をサポートし、定着化をはかるための施策です。具体的には、サービスの使い方に関するレクチャーやマニュアルの提供、サービス内でのチュートリアルやガイドツアーの導入などを実施します。
サービス導入直後の顧客の悩みや使いづらさを解消し、継続率の向上をはかるのがオンボーディングの目的です。オンボーディングを実施し、サービス定着に至った顧客の割合をオンボーディング完了率と呼びます。計算式は次の通りです。
サービスが定着した状態は企業によって定義が異なります。例えば、次のようなケースがあげられます。
カスタマーサクセスにおいてオンボーディング率が重要な理由は、サービスの解約リスクと密接に影響しているためです。長期間オンボーディングが達成されていない状態は、サービスが頻繁に利用されておらず、解約または他社への乗り換えリスクが高いことを表します。顧客のモチベーションが高いサービス導入直後に定着化をはかることで、解約リスクを抑制し、継続率の向上が期待できるでしょう。
複数のプランがあるサービスを提供している場合は、アップセル率やクロスセル率をKPIに設定するケースもあります。
SaaS型ビジネスにおけるアップセルとは、下位プランを契約する顧客に上位プランへの変更を促す施策です。上位プランへと変更した顧客の割合をアップセル率と呼びます。計算式は次の通りです。
一方のクロスセルは、契約中のサービスと関連性の高い別サービスやオプションを提案する施策です。別サービスやオプションに契約した顧客の割合をクロスセル率と呼びます。計算式は次の通りです。
アップセルとクロスセルはいずれも、顧客単価を引き上げたい場合に役立ちます。効果的に施策を行うためには、上位プランへの変更やオプション契約の際に、割引や保証期間の延長サービスを提供する方法が有効です。
LTV(顧客生涯価値)とは、1人の顧客が生涯にわたって企業にもたらす利益です。
SaaS型ビジネスにおけるLTVは、競合他社への乗り換えや解約が行われるまでに、顧客がサービスに支払った料金の総額を指します。顧客が継続的にサービスを利用するほどLTVが向上し、収益が安定しやすくなるため、解約率や維持率と同様、SaaS型ビジネスにおいて重要な意味を持つKPIです。
LTVの計算方法は、事業内容によって異なります。代表的な計算式は次の通りです。
LTVの詳細については、こちらの記事をご覧ください。
NPS(顧客推奨度)とは、顧客が第三者にサービスを推奨したい度合いを数値化した指標です。サービスへの愛着や信頼があってはじめて他者に推奨しようとするのが一般的なので、ブランドやサービスに対するロイヤルティを可視化する際に効果を発揮します。
NPSを算出する手順は次の通りです。まずは顧客に対してアンケートを実施し、他社への推奨度を0~10の11段階で評価してもらいます。続いて、次の計算式を用いてNPSを算出します。
NPSはマイナスになることもあればプラスになることもあります。プラスの値が高いほど、サービスへのロイヤルティが高いと判断できるでしょう。
顧客ロイヤルティを表すNPSに対して、CSAT(感情的スコア)は顧客満足度を計測するための指標です。顧客満足度は、機能的価値と感情的価値の2つの要因によって決定しますが、CSATは主に感情的価値に主眼を置いた指標です。
CSATを算出する際は、NPSと同じく最初に顧客に対してアンケート調査を実施します。そして、サービスに対する満足度を5段階に分類したうえで、次の計算式にあてはめてCSATを算出します。
SaaS型ビジネスでは、CSATの数値が大きいほどサービスに対する顧客満足度が高く、契約を継続してもらいやすい状態だと判断できます。
ヘルススコアとは、顧客によるサービスの利用状況を健康状態として可視化し、解約リスクを把握するための指標です。早い段階で解約の兆候を把握できれば、契約更新時の割引や解約理由の解決につながるクロスセルの提案など、適切なアクションをとりやすくなるでしょう。
ヘルススコアは、不健康な状態を定義したうえで、顧客の行動ごとに点数を加算します。例えば、不健康状態のひとつの要素として「ログイン回数が少ない」と定義した場合、次のような点数を設定して評価できます。
ヘルススコアに設定できる指標はログイン回数のほかにも、特定機能の利用率やセミナーへの参加率、アクティブ率、NPSなどがあります。仮にログイン回数が少ない顧客でも、特定機能の利用率が高いケースもあるため、複数の指標を組み合わせて総合的なスコアを計算することが大切です。
アクティブユーザー数とは、サービスに対して積極的に行動する顧客の数です。
アクティブユーザーの定義は、事業内容によって異なります。
例えば、Webサイトのパフォーマンスを計測する場合、特定の期間内に1回以上サイトを訪問した人をアクティブユーザーと呼びます。SaaSサービスにおけるアクティブユーザーの定義は、期間内に1回以上ログインした顧客や、無料プランではなく有料プランに契約した顧客を設定するのが一般的です。
アクティブユーザーに該当しない顧客は、サービスに対するモチベーションが低いと推測できます。アクティブユーザー数に対して非アクティブユーザー数が多い場合は、ロイヤルカスタマーに対する特典の導入やオンボーディングの実施などの工夫が必要です。
セッション時間とは、顧客がサービスにログインしてからログアウトするまでの時間です。セッション時間が長いほどサービスへの依存度が高く、顧客のニーズを満たせている状態だと判断できます。
SaaS型ビジネスでは、機能ごとに顧客が費やす時間を計測すれば、サービスにおける各機能の重要度の可視化に役立ちます。サービス向上のためには、使用時間が短かったり頻度が低かったりする機能をほかの機能に変更することも有効です。
また、セッション時間はほかのKPIと結び付けてデータ分析に活用できます。例えば、セッション時間と解約率を結び付けると、「セッション時間が短いほど解約率が高い傾向にある」といった仮説検証が可能になります。
KPIの設定は、課題の特定や必要なプロセスの抽出などの手順を経ることが重要です。適切な手順通りにKPIを設定することで、意思決定やアクションプランの策定の際に測定した指標を有効活用できるでしょう。
ここでは、次の5つの手順に沿ってKPIの設定方法を解説します。
自社に必要なKPIを取捨選択するために、まずは、カスタマーサクセスにおいてどのような課題が発生しているのか、現状を探りましょう。
経営コンサルティング会社のリブ・コンサルティングの調査によると、カスタマーサクセスを実施する企業において次のような課題が発生しています。
▼カスタマーサクセスにおける課題は何かという質問に対する回答(複数回答可)
参考:BtoBビジネスにおけるカスタマーサクセスの現状とは?500社のリサーチから見えたカスタマーサクセス実現のハードルと対策レポート|CRO HACK
例えば、スムーズなアップセルやクロスセルができずに顧客単価が低いケースでは、現在のサービスプランにおける顧客満足度の低さが一因として考えられます。そのため、重視すべきKPIは、NPSやCSAT、アップセル率・クロスセル率です。
自社の課題をもとにKPIの優先順位をつけることで、効率良く効果検証を行えるほか、適切なアクションプランを策定しやすくなります。
続いて、ゴールにあたるKGIを設定します。後に設定するKPIは、最終目標であるKGIの達成度を示す指標としての役割を果たします。KGIから逆算して、適切なKPIを設定しましょう。
企業活動全般においては、売上高や利益率といったKGIを設定するのが一般的ですが、カスタマーサクセスの場合は、LTVやMRR(月次経常収益)が主な指標となります。
KGIを設定する際は、期限や判断基準を明確にしたうえで、達成可能かつ具体的な数値を定めることが大切です。あいまいな表現を避けることで、明確なゴールをイメージしやすくなります。
次に、KGIから逆算して必要なプロセスを洗い出しましょう。アクションプランを実行する前にプロセスを整理しておくと、余計なタスクを削減でき、業務効率化につなげられます。
例えば、「MRRの前年同月比30%増」というKGIを設定した場合、次のようなプロセスを想定できます。
Churn MRRの数値が高い場合、全顧客に対する解約者の月次経常収益が高額であることを意味しており、収益の安定性に欠けます。そのため、上記7つのプロセスのような、解約リスクを和らげるための施策が必要です。
プロセスを明確にした後は、各フェーズに沿って適切なKPIを設定しましょう。
先ほどの例では、次のようにKPIを設定できます。
2つめのステップでは、NPSやCSATを使って顧客満足度やロイヤルティを数値化すると、顧客が不満を抱えている所を特定しやすくなります。4つめのステップでも、セッション時間をKPIとして設定することで、顧客にとって重要度の高い(低い)機能を抽出できるでしょう。
それぞれのKPIに具体的な数値を設定することも大切です。目標となる数値を設定することで、実績との差をもとに課題の特定や解決策の提案へとつなげられるでしょう。
最後に、設定したプロセスをもとにカスタマーサクセスを実施し、効果を検証します。設定したKPIに比べて実績が下回る場合、課題を特定して改善するPDCAサイクルを回転させましょう。
PDCAの実施に伴い、実態とかけ離れた数値目標が明らかになるケースがあります。達成可能性の低いKPIでは、組織内のモチベーションが低下する可能性があるため、定期的にKPIを確認して改善することが大切です。また、実績として現れた数値は今後の目標設定の際に役立つため、データとして蓄積しておくと良いでしょう。
カスタマーサクセスのKPIを設定するときは、どのような点に注意すべきなのでしょうか。ここでは4つのポイントをご紹介します。
KPIを設定する際は、現場の意見を取り入れたうえで、低すぎず高すぎない適切な数値目標を定めましょう。実態と乖離したKPIを設定してしまうと、従業員のモチベーション低下につながる可能性があります。
例えば、数値目標が低すぎる場合、容易に目標を達成できるがゆえに従業員が手を抜いてしまうかもしれません。反対に、数値目標が高すぎる場合は、無理な目標を前に業務へのモチベーションが削がれてしまうケースも考えられます。
適切な水準のKPIを設定するためには、過去の実績を参考にしましょう。過去に計測した数値よりも少しだけ高い数値を目標に定めることで、適切な水準に落ち着きやすくなります。
コホート分析をもとに施策の内容を見直すことも重要です。コホートとは、共通の要素をもとに分類したグループのことです。カスタマーサクセスでは、コホートごとに顧客データを分析することで、行動傾向や自社サービスとの相性などを見極められます。
「成功の見込みが大きい顧客と小さい顧客」に分類するなら、維持率やアップセル率、NPSの水準が高いほど、「見込みが大きい」と評価できるでしょう。2つの顧客グループを比較して、維持率に大きな差があれば、維持率向上につながる施策を考案・実施することで、成功確度の低い顧客のステップアップをはかれます。
カスタマーサクセスを成功に導くためには、営業やマーケティングなど複数の部門で連携することが大切です。カスタマーサクセス部門と他部門が手を結ぶことで、よりきめ細かな顧客へのサポートが行えます。
特に、営業・マーケティング部門が保有している顧客データは重要な要素です。蓄積した顧客の属性や行動履歴、嗜好・課題に関する情報を部門間で共有すると、ニーズ分析やKPIの設定に役立ちます。
KPIの設定に役立つツールを活用するのも方法のひとつです。データを蓄積するための情報管理ツールや、課題を特定するための分析ツールなどを活用すれば、より適切なKPIを設定できるでしょう。
具体的には、次のようなツールがあげられます。
カスタマーサクセスには、解約率や維持率、オンボーディング完了率といった代表的なKPIが存在します。ほとんどの場合は基本となるKPIのみでカバーできるため、まずは基礎から理解し、必要に応じてほかのKPIも取り入れましょう。
カスタマーサクセスを実施する目的は顧客の成功にあるからこそ、自社本位ではなく、顧客の成功を起点にKPIを設定することが大切です。
また、KPIを理解しておくと、自社の事業やサービスにあわせて適切なKPIを設定でき、運用後に目標と実績の差を検証できるようになります。目標未達のKPIを徐々に改善していけば、より効率的にゴールへと到達できるでしょう。